業務委託?雇用?フードデリバリー配達員の働き方を分ける「指揮命令関係」とは
多くのフードデリバリー配達員の方は、プラットフォームと「業務委託契約」を結んで働かれています。しかし、ご自身の働き方が法的にどのように位置づけられるのか、またそれがどのような権利に関わるのかについて、曖昧に感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
特に経験の浅い方にとって、契約内容や労働に関する専門的な話は難しく感じられるかもしれません。しかし、万が一のトラブルやプラットフォームとの認識のずれが生じた際に、ご自身の立場を理解しておくことは非常に重要です。
ここでは、多くの配達員の方が契約している「業務委託契約」と、それにしばしば関連して議論される「指揮命令関係」という概念について、分かりやすくご説明します。この理解は、ご自身の働き方が法的にどのように扱われうるのか、そしてどのような権利を持つ可能性があるのかを知るための第一歩となります。
業務委託契約とは?労働契約との違いを理解する
まず、私たちが働く上でよく耳にする「労働契約」と、多くの配達員の方が結んでいる「業務委託契約」は何が違うのでしょうか。
労働契約は、労働者が使用者の指揮命令を受けて労働し、使用者がその労働に対して賃金を支払う契約です。この契約に基づいて働く人は「労働者」とみなされ、労働基準法などの労働関係法令によって手厚く保護されます。労働時間、休日、賃金、安全衛生など、多くのルールが法律で定められています。
一方、業務委託契約は、特定の業務の遂行や仕事の完成に対して報酬が支払われる契約です。委託された側は、原則として、いつ、どこで、どのような方法で業務を行うかについて、委託元の指揮命令を受けません。仕事の進め方や時間は自身の裁量に委ねられており、その結果である「仕事の完成」や「成果」に対して報酬が発生します。この契約で働く人は、基本的に労働関係法令の直接の保護対象とはなりません。
多くのフードデリバリープラットフォームは、配達員との間でこの業務委託契約の形式を取っています。これにより、配達員は比較的自由に働く時間や場所を選べるメリットがある一方で、労働者としての保護(例: 労災保険の自動適用、最低賃金、有給休暇など)は原則として受けられません。
「指揮命令関係」とは何か?なぜ重要なのでしょうか?
ここで重要になるのが「指揮命令関係」という概念です。先ほど述べたように、労働契約は「使用者の指揮命令を受けて労働する」ことを前提としています。逆に言えば、契約の形式が「業務委託」やその他の名称であっても、その働き方の実態が「使用者の指揮命令下に置かれている」と判断されれば、法的には「労働者」とみなされる可能性があります。
この「指揮命令関係の有無」が、契約の名称に関わらず、働き方が労働契約に基づくものか、そうでないかを判断する上で最も重要な要素の一つとなるのです。
具体的に「指揮命令下に置かれている」と判断されうる要素には、以下のようなものがあります。
- 業務遂行の内容や方法に関する指示の具体性・度合い:
- プラットフォームから、配達のルートや順序、顧客や店舗への対応方法などについて、詳細かつ具体的な指示があり、それに従うことが強く求められているか。
- 自身でやり方を工夫する余地がほとんどないか。
- 時間的・場所的な拘束性:
- プラットフォームによって、特定の時間帯や場所での待機や稼働が義務付けられているか。
- 仕事を引き受ける・引き受けないの自由が、ペナルティなどによって実質的に制限されているか。
- ログイン・ログアウト時間など、稼働時間そのものが管理されているか。
- 代替性の有無:
- 自分自身で業務を遂行する必要があり、他の人に代わりに配達を頼むことが認められていないか、または著しく制限されているか。
- 報酬の算定方法:
- 報酬が、配達件数や距離といった成果だけでなく、稼働した時間に応じて保障されるような性質を持っているか。
- 機械・器具の負担関係:
- 業務に必要な車両、スマートフォン、通信費用などを自身で用意し、その費用を負担しているか。(これは「指揮命令関係」とは少し異なりますが、労働者性判断の補強要素となり得ます)
これらの要素を総合的に見て、実質的にプラットフォームの指示や管理のもとで働いていると言えるような状態であれば、たとえ契約書が業務委託となっていても、「労働者」と判断される可能性が出てきます。
フードデリバリーにおける「指揮命令関係」の判断と注意点
フードデリバリーの働き方は、多くの点で業務委託の特徴を持っています。働く時間や場所をある程度自由に選べ、仕事の完了(配達)に対して報酬が支払われます。車両やスマホも自分で用意します。
しかし一方で、プラットフォームのシステムやルールによって、実質的な拘束を受けていると感じる場面もあるかもしれません。例えば、
- アプリが指定するルート以外での配達を推奨されない、またはシステムが指示するルートから外れると問題が生じる。
- ピークタイムなどに特定のエリアでの稼働を強く推奨され、それに従わないと注文が入りにくくなる。
- 注文をなかなか受け付けない、または一定期間稼働しないことで、アカウントの評価が下がったり、稼働に影響が出たりする。
- 配達時間に関する非常に厳しい制約があり、それに間に合わせるために無理な運転を強いられる感覚がある。
- 顧客や店舗とのやり取り、商品の扱い方などについて、非常に細かいマニュアルや指示が存在し、それに厳格に従うことが求められる。
これらの要素が積み重なることで、「自由な業務委託」という建前とは異なり、実質的にはプラットフォームの指揮・命令に近い状態にあるのではないか、という議論が生じることがあります。実際に、海外や日本国内でも、フードデリバリー配達員の労働者性について裁判等で争われているケースが存在します。
もし「労働者」と判断されたら?
もし、個々の具体的な働き方の実態から、プラットフォームとの間に「指揮命令関係」があると判断され、「労働者」とみなされることになった場合、どのような影響があるのでしょうか。
これは、配達員の方が労働基準法などの保護を受けられるようになることを意味します。例えば、
- 労災保険の適用: 業務中の事故や通勤中の事故について、労災保険給付を受けられる可能性が高まります。(業務委託でも「特別加入」の制度はありますが、労働者であれば当然に適用されます)
- 労働時間・休憩・休日: 法定労働時間や休憩に関する規制が適用される可能性があります。
- 最低賃金: 最低賃金法が適用され、稼働時間に対して最低賃金以上の報酬が保障される可能性があります。
- 有給休暇: 一定の要件を満たせば、有給休暇を取得できる権利が生じる可能性があります。
- 団結権: 労働組合を結成し、プラットフォームと労働条件について交渉する権利(団体交渉権)が認められる可能性があります。
ただし、ご自身の働き方が「労働者」にあたるかどうかは、個別の状況と法律の解釈に基づいて判断される非常に複雑な問題です。現時点では、多くのプラットフォームが配達員を業務委託としており、上記のような権利が直ちに認められるわけではないという点にご留意ください。
配達員自身ができること、確認すべきこと
ご自身の働き方がどのような位置づけになるのか、そしてどのような権利を持つ可能性があるのかを知ることは、自分自身を守るために非常に大切です。
まずは、ご自身がプラットフォームと交わしている契約書や利用規約を改めて読み直してみてください。「指揮命令関係」の有無を判断する上で参考となるような、働き方に関するルールや制約について記載されている箇所がないか確認することが重要です。
また、日々の配達業務の中で、プラットフォームからの指示やシステム上の制約が、業務委託として許容される範囲を超えていると感じる場面があれば、具体的な状況をメモしておくと良いかもしれません。こうした記録が、万が一の際に状況を説明する上で役立つことがあります。
ご自身の働き方について疑問や不安を感じる場合は、一人で抱え込まず、専門家や支援機関に相談することを検討してください。労働組合や弁護士など、労働問題に詳しい専門家が適切なアドバイスを提供してくれる場合があります。
まとめ
フードデリバリー配達員の働き方における「業務委託」と「労働者」の違い、そしてその判断の鍵となる「指揮命令関係」についてご説明しました。
ご自身の働き方が法的にどのように位置づけられる可能性があるのかを知ることは、予期せぬトラブルに巻き込まれた際や、ご自身の権利について考える上で非常に重要です。プラットフォームとの契約内容を確認し、日々の業務における実態を把握することが第一歩となります。
本記事で提供した情報は一般的な解説であり、個々の契約内容や実際の働き方の詳細によって判断は異なります。ご自身の具体的な状況について専門的なアドバイスが必要な場合は、弁護士や労働組合など、信頼できる専門家にご相談されることを強くお勧めいたします。